廣道舘命名の由来 1997年、関西学院弓道部は1917年の創部から数えて、80周年を迎えました。弓友 (OB・OG)現役一致団結のもと、これを記念して建設されたのが、この廣道舘です。 「廣道館」とは、関学弓道部の父、小沢名誉師範の号にちなむもので、小沢O名誉師範の自 宅道場の名前でもあり、名著訳「武経射学正宗指迷集」の発行所としても知られている名前 です。また、この「廣道舘」と言う道場名には「弓道を通じて、人間性を広げていく。」 「弓の道を世に広めていく。」という小沢先生の遺志を継承していくという、理想が込めら れています。1997年3月21日、関西学院大学 今田寛学長、本多流宗家 本多利永先 生はじめ多数の来賓をお迎えして盛大に道場開き式、開場式が執り行われました。 道場の玄関を入って目に飛び込んでくる、小澤 O先生の射影。皇紀2600年に際して、 橿原神宮に奉納した蟇目の射影です。その下に掲げられたプレートには以下の様に記されて います。
1872年(明治五年)8月9日静岡県麻機北に生まれる。幼名直次郎。若年より武道に秀で、 特に弓の道を志す。1912年(大正元年)日置流石堂竹林派 岡内 木氏に師事。印可を受く。 1917年(大正六年)関西学院教授となり弓道部、剣道部、柔道部の興隆に注力す。1925年 (大正十四年)摂政宮台覧演武(昭和天皇)。此頃、正面打起が良いとの説を立て本多流を 志し、後に関西学院弓道部員と共に生弓会に入門。1930年(昭和5年)日本学生弓道連盟 初代関西支部長。1933年(昭和八年)大日本武徳会範士。1940年(昭和十五年)天覧試合審 判委員。1963年(昭和三十八年)全日本弓道連盟範士九段。1965年(昭和四十年)3月17日 故郷大川村日向にて永眠(享年94歳)。 関西学院を始め、先生の教は関西一円に及ぶ。学校では京都帝国大学、大阪帝国大学、 大谷大学、和歌山高商、神戸高等商船学校、浪速高等学校、聖心女学院、甲南高等学校、 姫路高等学校、神戸第一中学で師範を務め、桃山学院、甲南女子、灘中学、神港中学、 独逸協会中学で講師を務める。ほか三井物産、日本生命、阪急百貨店、大阪瓦斯、大阪 府警など師範・講師。1927年(昭和二年)の武経射学正宗・射学指迷集訳解合本・全を始 め、弓道の話、射知要法解説、武経射学正宗講義など著書多数。自宅にては廣道舘を開 き、廣道(廣堂)と號す。関西学院弓道部廣道舘は此の小澤 O先生の道統を受け継ぐも のである。 心の弓 弓を見よ 心の弓を引け 汝弓に成れ |
道場開き式に参列の来賓・弓友
道場命名(清水潔顧問)
吉井主将はじめ現役メンバー