弓道部創設期

大正六年四月部員八名を以て運動部の一部にして新めて創設された。小沢教授の指導宜しく漸次大をなすに至った。

大正七年六月神戸高商射場開きの大会に原野駿雄出場して始めて対外的に優勝した。 次いで八年に入ると阪神総合競射会に優勝する他。縷々武功をたて十月には浜野、今木、谷田、川崎、結城の五名は 東京遠征を企て好成績を得た。大正九年には更に躍進的活動をなし全国弓術界の人々をして驚異の眼をして見開かしむる ものがあった。四月阪神総合競射会に圧倒的勝利を得て優勝弓を再び保持する権利を得た。八月京都武徳会全国青年演武大会に 無慮百余の参加者の中より川崎金一抜きんでられて日本第一の称号を与えられた。同大会に結城秀一また六等賞を得た。 その他各地の諸大会に出場せし選手皆抜群の成績を収めた。当年の重なる射手は川崎、結城、石川、浜野、今木、加納、大石、神沢、貝住等である。

「関西学院高等商業学部二十年史」より




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