原生林の中に射場をつくる


関西学院弓道部の胎動期について、関西学院大学名誉教授の米田満先生は以下のように記している。

”<前略>明治四十五年十月、早くも弓の動きが始まったのは事実であろう。原田神社の参道東側、原田の森の二抱えも三抱えもある樫が林立し、笹や雑木が茂っている原生林の中で、少し手を入れて二人くらいが立って射れる場所が作られた。明治四十四年五月、森林中に作られたテニスコートの北側がその場所であった。”


「原生林の中に射場をつくる」米田満名誉教授寄稿 「関西学院大学弓道部七十年誌」より

弓道部としての創立は大正6年(1917年)であるが、関西学院弓道は既に明治四十五年(1912年)、その胎動を始めていたのである。




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